ひとでなしの境界線9
「私は いまでも あのときの一言を おぼえていますよ」
施設長は 席を立ち 窓際で 外をみながら 言った
わたしは 何を言われたか わからなった
不思議そうな目で 施設長をみあげると
施設長は 私に向かって
「あのとき あなたは こういわれた
死んでから 連絡ください・・とね 今でも おぼえています」
・・・
・・・
・・・
ひとでなしの言葉である
体が熱くなった
どうしようもなく はずかしい気持ちと その言葉が含む
鬼畜さに からだが 震えそうになった
・・
そんなこと 言ったのだろうか?
わたしが そんなひどい言葉を 浴びせたのだろうか?
10年の月日は 自分が言い放ったひとでなしな言葉を
記憶の奥底に隠していた
・・
「幸い 早苗さんは おおきな病気ひとつされなかったし
そのことで およびたてすることもなかったのですが」
・・
・・
わたしは 早足で 施設を出た
そのことに対して 言い返すこともできなかった
どんな理由があっても
その言葉を あの施設長さんに言ったのは まぎれもない
事実である
自分のなかの ひとでなしに 気持ちは ゆらぎ
落ち込んでいった
自分が 自分で いやになった
・・・
施設の人は 施設に入所してからのおばちゃんしか
知らないわけである
既に 病院に入院していて 体もすっかり清潔になっていたし
性格は とても パワフルで トラブルメーカーでも
今までの姿をみていない施設の人は むしろ おばちゃんのほうに
同情的だったとしても おかしくはない
おばちゃんの生活ぶりは 知り合いから 聞いていた
洗濯物たたみとか かえって 施設の人のお手伝いとかしていたとか
行事があると積極的に参加していたとか
いい面も よく聞いた
おばちゃんは 施設に入って 幸せだったんだろう
いままで 身内にも忌み嫌われ(その昔 兄弟が 生きていた頃
妹の葬式に みっともないという理由で 兄弟から 参列を断られた人である)
生活保護で 惨めな生活をし
おばちゃんにとっては 辛酸をなめた日々のなか
おばちゃんは 生来の生格の強さに輪を掛けて
ずうずうしさとか 傲慢さとか 悪い要素を身にまとっていたのかも
しれない・・・自分を守るために・・・
それが
施設に入って ほどよい生活をしはじめ 自分を大切に世話してくれる
人たちに出会い 最初は お金にこだわったが
しだいに 気持ちがときほぐれていったのかもしれない
年齢と共に おだやかになったのかもしれない
その事実 施設の人は(こういう施設に働く人は)とても
いい人だった
その施設側としたら
やはり わたしは ひとでなし そのものである
・・
死んでから連絡しろと口走る とんでもないやつにしか
すぎない・・・・
わたしは 頭を 抱えた
・・
続く
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